第70回MURオープンゼミナール
(室崎先生退職記念オープンゼミナール)
日 時 2004年3月27日(土) 15:00〜16:30
内 容
阪神・淡路大震災と防火研究(室崎)
場 所 神戸大学工学部 C3-302講義室
(工学部の正面玄関からお入り下さい。3階中央付近北側の教室です。)
なお、終了後、17:00〜19:00に、懇親会を行います。(アカデミア館3階「さくら」、会費 5,000円)。懇親会に参加を予定される場合は、準備の都合上、北後(メール、または、fax 078-803-6440)まで、連絡いただきますと幸いです。
2004年3月27日神戸大学での室ア先生
オープンゼミナールについて
震災前に神戸市や兵庫県では、どういった地震が来るのか、どういった対策をとるのかということを防災研究者が議論をして地域防災計画を作成しました。震度にして5度強、加速度で言うと400ガル強が加わる、火事については神戸市内で100件くらい起こると予想していました。火災件数については結果として合っていたけれど、建物倒壊はまったく外れました。あんなにたくさんの建物が壊れるという被害想定は無く、当然死者の数字などは全く予想もしない被害が出てしまったわけです。そのことについていろいろご批判も受けて、私自身防災研究者として結果責任をとらなければならないと思ってきました。防災というのは“言い訳”とかそういったものは一切許されない世界です。そのときに反省すべきことは何かと考えたのです。
防災会議で議論されている内容を、どれだけ市民にきっちりと伝える努力をしたか。我々がいろんな議論をしてきた中に、知らすべきことはたくさんあったがその努力に欠けていたということです。私たちの知っている知識を多くの市民と共有するような場を持たなければいけないと思いました。それにはいろいろな方法があるのですけれども、1つは、大学で行っていることを広く知らせるということ。“市民、行政、企業、メディア、NPO、専門家のネットワーク”を作っていきたいということ。そのことを通じて持続的社会といいますか、安心で安全な社会を市民と専門家が一緒に創っていくきっかけとしたい、というのがこのオープンゼミの大きな目標です。
『建築と防火』について
私は神戸大学で“計画理論の科学化”と“防火科学の空間化”という2つのことを同時に追及することを志してきました。これは私がなぜこういう世界に入ったかという説明にもあてはまるし、これからの建築学のあり方に密接に関わることです。
計画理論の科学化
1968年の満月城の火災に遡るのですけれども、あれを見たときに、どうしてこんな建物を設計したのかということを思ったわけです。人の命を救うための理論とか計画といったものは大学で教わったかと、一生懸命探してみるのですがどこにも無い。それは単に法律なのです。建築基準法で、“居室階200u以上なら階段を2つつけなさい”とかそのようなことだけです。でも命を守るといったことはいったいどうすればいいのかというのは、当時の建築の計画理論にはありませんでした。
私にとって、これは非常にショッキングでした。いわゆるデザインの世界といいますか、感性を持って設計する中にどうやって理性を取り込んでいって、理性と感性を統一させた新しいひとつの計画理論を作るかということを考えたわけです。建築で多くの人が亡くなっているということ、そして、日本の場合は火事が一番重要な問題であること、そういったことをベースに建築計画を再構築できないかということをずっと考えてきました。これは、特に計画倫理という意味で非常に重要性を持ちます。21世紀というのはまさに計画倫理の問題としてきちんと計画理論を体系化しないと本当にいい建築はできない。
防火科学の空間化
私は熱烈な寺田寅彦のファンであります。彼は、一つのひまわりの花を見て非常に心を動かされ、そして心を動かした原因を一つずつ突き詰めていく。彼は美しいものを美しいと感じた心から科学をやっています。防災というのも人の命を守るという、そこからスタートする。心の問題と客観的な事実の問題は、本来相容れないことだけれども、そういった姿勢を貫いたということをすばらしいと思っています。
函館の大火が昭和9年に起きたのですが、2万人の人々が火災で亡くなりました。燃える速度は時速1000m。みんな追い立てられて冷たい海の中に飛び込んで死んでいく。それについて寺田寅彦が消防の科学が必要だ、総合的にやる国家的な機関が必要だという風に言います。消防研究所は、寺田寅彦が言ったことを受けて昭和23年に設立されました。私がこの消防研究所に行くというのは、寺田虎彦の遺志を継ぎたいという思いがあります。
消防とか火災の科学というのは単なる物理科学的な現象だけではなくて、総合科学だということ。心理学とか社会学といった分野のことをもっとしっかりやって、人間というものを入れた科学として体系化、総合化した、新しい火災の科学を作らないといけないと思ってきた。私が防火の研究をしてきた中で、何かオリジナリティのあるものを遂げろといわれたら、ふたつ挙げることができます。
ひとつは都市の火災の延焼速度と延焼理論です。これは室崎式という延焼速度式があります。これはまさに都市の中での火事の燃え広がりと、物理科学的に輻射熱などのいろいろなメカニズムを解明するというまさに原始的な研究です。
もうひとつはというと、火災時における人間の避難行動です。火災学会賞をもらったのはこの火災時に於ける人間の避難行動についてです。延焼速度という物理化学的なものと、人間の避難行動という心理社会学的な問題と相容れないのですけれども、私の心の中ではそれは相容れるというか、むしろその二つをやることによって火災学というのは完成するというふうに思ってやってきたと思っています。
阪神・淡路大震災について
阪神・淡路大震災というのは、研究者にとってすばらしいフィールドと機会が与えられたのに、こと火災の研究者に至ってはまったくそれを活かしていない、何も調べていないのではないか、という危惧があります。先ほどの結果責任の問題とも関係がありますけれど、震災の後、被災地の為になるならば、なんでも快く引き受けてしっかりやっていこうと思いました。住宅再建の問題、防災ボランティアの問題、コミュニティビジネスの問題、いろいろ関わってきました。そのために、私自身、どうしても火災の研究というのがおろそかになっていったというふうに思っています。
岩見君だとか、村田さんだとか、横田君だとか、火災の耐火構造の燃焼性状だとか、燃焼速度とかいろいろ研究してくれて、いい成果がいっぱい出ています。けれども、なおそれでもやはり火災分野の研究は、せっかくのこの事実を活かしきれてないというふうに思っています。もっと真摯に火災現象という現象に対面して、何が起きたのかということを素直に見て、次の地震で起こる火災を未然に防ぐということが、我々の大きな責務であると思っています。地震の火災といいますか、多くの人の犠牲の上に行う調査・研究というのはいったいどういうことなのか。極めて高い社会的責任と高い科学的倫理性等を要求されていると思うのです。
残っている課題
まずどうしてあんなに燃えたのか。阪神・淡路大震災では、70ha、7000棟の建物が燃えました。「大きな火事が起きて大変だった」という表現だけでは捉えきれない。なぜ1万棟でもなく、500棟でもなくどうして7000棟だったのかという必然性を限りなく理論的に証明しなければならない。なぜあんな大火が起きたのかという原因から整理しなくてはいけません。
一番大きな問題、木造密集市街地
私が思う一番の問題は、火事が起きたら町全体が燃えてしまうような町柄がそこに残されていたということです。木造密集市街地を放置していた、都市計画道路を決定していながら放置していた。町そのものを安全にしてこなかったということです。これは特に戦後の不燃化運動以来のわが国の行政、特に建築行政の怠慢の問題というふうに思っています。我々にはお金があります。人材も、技術も、知識もあります。にもかかわらずどうして密集市街地の問題を解決できないのか、今解決できなければ、多分永遠に日本は途上国並みの脆弱な街に住まないといけないと思っています。
同時多発火災
大火の原因の二つ目が同時多発火災です。地震直後に神戸市内では80件の火災が起きました。多分今でも、神戸市の公設消防では、同時に消せる火事は多分20件から30件です。それ以上消せる力はありません。じゃあそれ以上増強しろ、といっているのではありません。それはある種の無駄であって、税金を何倍にもしないと地震火災は消せません。それよりもやるべきことは火災の件数を減らすことなのです。
我々は予防ということを考えなければいけない。耐震補強に30億のお金をかけるならば、火災件数を減らす研究にも30億のお金をかけるべきだというふうに。そうすれば火事は減ります。減ると都市大火はなくなります。どのようにすればこの同時多発出火を減らすことができるかということをやらなければいけない。
消防用水、初期消火対応の遅れ
大火の原因の3番目が消防用水、そして、4番目は初期消火対応の遅れです。これはある部分市民を攻めているわけで言いにくいことですけれども、市民消火が遅れたということです。市民が消そうと思えば消せた所がいくらでもある。生き埋めになっている状態で火を消せというのかといわれると返す言葉もないのですが、事実としてシビアに見なければなりません。現に真野地区はがんばって火を消せたわけです。
公設消防の駆けつけ障害
5番目としては、道路が閉塞して消防車が走れなかったということだけでなく、消防の警防計画はどうだったろうか、ということです。目前の火事に1台1台消防車が出ていれば、すべて負け戦になります。20件しか消す力が無いときに100件の火事が起きたら、どの火事を消していくのか。そのときの警防計画はどう持っていたのか。この点に対して僕は、消防はもっと厳しく自己批判と反省をしなければいけないというふうに思っているわけです。
危険物施設の混在
6番目は、火災の大きかった長田には、ゴムや糊だとか危険物施設が町中にあったということです。
これらの中でも、木造密集市街地、同時多発火災、初期消火対応の遅れ、といったことは、我々が真摯に受け止めてどう克服するのかという答えを出さなければいけない。木造密集地は少し時間がかかると思いますけれども、同時多発の問題と初期消火の問題、警防計画の問題は5年あれば解決します。これを解決すると火事の件数が3分の1くらいに減るはずです。3分の1に減ると、都市大火が防げます。
災害の進化
災害の進化ということを、寺田寅彦が我々に教えてくれました。災害への対応は、時代とともに変わっていくし、地域によっても違っていくのだということです。時代の変化、時代のニーズをどう読みとるかということは防火研究にとってものすごく重要なことです。なぜ、こんなことを言うかといいますと、南海地震だとか、首都圏直下型の地震被害想定の中で、火災に関して重大な誤りを犯しているからです。
ひとつは、いま被害想定をしている人たちは、阪神大震災で起きたことが、そのまま次の南海地震でも起きると思っていることです。例えば、阪神大震災の出火率予測式を、新宮だとか和歌山だとか高知に持ってきて出火件数を決めていること。阪神の場合は都市ガスですが、新宮はプロパンガスです。引き込み配管があるのと、ボンベをチェーンで結びつけるのとでは出火に至るメカニズムが違うので、出火件数の関係も違ってくるはずです。地域によって違いがあるということです。
もっと大きな過ちは、阪神・淡路のときの因果関係を使っていること自体にあります。阪神・淡路の因果関係を求めるために、関東大震災のフィロソフィーが使われています。これは冬場や夕方になると火種をたくさん使うので火事の件数が多くなるといった、火気を使っている比率の関係、あるいは世帯数の関係からでています。しかし、今は時代が違います。火種を使っていようといまいと、マイクコンメータさえ使えば、裸火は消えるのです。季節の修正係数という概念を変えなければならない。問題は火を使っていない朝でも火災が多かったということなのです。
未来をみるということ
阪神大震災なり、関東大震災で得られた関係というのをどう現代的に位置づけて未来に提供するか。未来に提供する、これはすごく重要ですね。先ほど話しました地域防災計画の被害想定が犯した最大の間違いは、その当時での過去最大の地震をもとに被害想定をしたことです。神戸の場合でいうと、山崎断層の地震、南海沖の地震、伏見の大地震、城之崎で起きた北但馬地震。これをもとにすると、どう計算しても震度5の強にしかなりません。未来に何が起きるかということを考えれば,六甲断層系が動くと実はこうだ、というところからスタートしなければいけないのに,過去だけをみたのです。
過去こうだったから次はこうなる、と考えていると未来は予測できません。少子高齢化進んで本当に消火活動ができるかどうか。ガスが安全化されたり、電気の調理器具が発達したり。そういった変化を組み込んで次の災害、南海地震は20年後ですから20年後を予測しないといけない。
あともう一つの大きな誤りは、震度6と震度7の違いを無視していることです。震度7でグラッときても、すぐに元栓を閉めることはできません。震度6で家が建ったまま燃えるのと、震度7で家が完全に瓦礫のようになってぶすぶす燃えるのとでは、燃焼のメカニズムは違うはずです。震度の違いを予測の式に入れなければいけないわけですが、火災件数の予測においても延焼速度の予測においても建物の被害として震度という概念が全く入っていません。
そういうことを、ひとつひとつ素直に見て作り替えていかなければいけない。それを何とも思わないで、次の南海地震の被害想定をしているとしたらこれは本当にある種の犯罪的なことかもしれません。
これからどうしたらいいか
以上をふまえながら、これからどうしたらいいか、どういうことを我々防火に関わる者がやっていかなければならないのかを最後にお話したいと思います。
高度な科学技術の正しい適用
これだけ優れた現代の科学技術がどうして火災という分野に活かされないのかということです。例えば、初期消火というと相変わらず人間のバケツリレーです。この時代に何故バケツリレーなのか。結局バケツしかないという状況に追い込まれているわけです。このハイテクの時代で、パソコンに入っているIT技術がどれだけ消防の世界に貢献しているかというとまだまだ程遠いですね。医学などは相当の技術が取り入れられています。医学が人の命なら、建築も人の命だし、火災も人の命です。もっと他の領域の研究者、科学者と連携して、他の領域の知恵とノウハウを謙虚に学び、最高の技術を取り入れていかなければならない。
予防優先のシステムとそのための新技術
先ほども言いましたが、これからは“予防の時代”だと考えています。日本はどうしても起きてからの対策が好きで、バケツリレーなんかまさにそうなのですけれども、火事をどう無くそうかという訓練をしているかというと、あまりしていない。
イランで地震が起きて、みんな一斉に救援に行き競って救出をする。それが国際の連携だというふうに見られていますが違うのです。安いコストで日干し煉瓦が壊れないようにする耐震補強の技術援助をやろうとすればできるはずです。環境問題で言う予防原則とは違うのですが、災害における予防優先原則というのはきわめて重要なテーマだと思っています。
普遍性のある被害と対策効果の予測手法
もうひとつは、災害の被害をしっかり予測する予測式、評価方法ができていないことです。阪神大震災のときに、一番火災の現象を説明できたのは浜田式、今から何十年も前の燃焼速度の研究をした浜田先生の式が一番合いました。その後のコンピューターを使った予測式はまったく合いません。火災の現象を知らないで単に数学のモデルとして作ったものは何の役にも立たない。これはやはり防火の研究者がやるべきことで、今からでも阪神大震災の火災のひとつひとつデータを取り上げて、次の南海地震なり、100年後200年後の地震の予測に耐えうる出火件数の予測式を作らないといけない。特に被災地にある大学としては大切な責務だと思っています。
消防戦闘オペレーションシステムの開発
あと、阪神大震災で問われたのはもっとソフトなシステム。消防職員がどう動くか、市民がどう動くか、それは単に教育の問題として片付けられているわけです。効果的に動く行動の規範とシステムというのを作っていかなければならない。それを科学としてどういうふうにサポートしていくかということがすごく大切だと思います。
効果的な防災意識啓発のプログラム開発
こういう防災の話をしていると、最後に意識の問題が出てきます。たとえば耐震補強ですけれど、こんなに危険だ、必要だといっても誰もやらないのは、国民の意識が低いせいだと言ってしまえば、これはもうおしまいです。必要性とか危険を煽り立てるということで意識は向上しない。意識というのは必要性の認識だけではなく、可能性なのです。どうすればできるかということを教えないとやる気にならないのです。
可能性を与えて、可能性と必要性を同時に教え込んで、それをひとつの認識、ものの考え方として確立することによって初めて意識が変わるわけです。消防の防災教育のカリキュラムと同時に、意識とか心の中に入り込むってことは重くて難しい問題だけれども、それをやるにはやるだけの覚悟としっかりした研究が必要です。
行政とか国民の意識というのはどういうふうに形成されてどう変えていくのか、防災意識を啓発するプログラムをどう作っていくか、ということをしっかりやっていかないといけない。
最後に
今までに述べたような話は建築とは関係ないよ、と思われている方もおられるかも知れませんが、僕は、すべてが建築の空間の大きな要素だというふうに思っているわけです。これは、一番伝えたかったことですけれども、多くの人が死んでいるということ。地震でもたくさんの人が死んで、火事でもたくさんの人が死んでいる。これはいったい誰の責任で亡くなっているのだろうかということを真剣に考えて欲しいということですね。
これは建築の設計者が殺しているというのが私の答えです。私が一番初めに満月城の火災を見て思ったときからの一貫したテーマです。これは非常に偏見だけどすごく重要なことです。建築というのは、そこに暮らしている命とかそういうものを預かっています。命を守ることから建物とか街を造っていかなければならない。
お話してきた設備とか消火システムとか市民の意識の問題というのは建築と無縁の世界ではなく、そういうことをすべて総括するのが建築の空間の責務なのです。我々建築をやる者は、全てのことに心配りをする必要がある。それが寺田寅彦が言った、燃焼科学理論だけではだめだ、心理学から社会学からありとあらゆる科学を総合してそういう研究者が連携をしてやっていかないと火災の被害は低減できない、ということだと思うのです。その要に建築がいるということを申し上げて私の話を終わらせていただきたいと思います。
(編集:流郷博史AC1、中村学史AC9)
オープンゼミナール後の懇親会での室ア先生
連絡先:神戸大学室崎・北後研究室
TEL 078-803-6009 または 078-803-6440
MURオープンゼミナールは、広く社会に研究室の活動を公開することを企図して、毎月1回、原則として第1土曜日に開催しているものです。研究室のメンバーが出席するとともに、卒業生、自治体の都市・建築・消防関係の職員、コンサルタントのスタッフ、都市や建築の安全に関心のある市民等が参加されています。興味と時間のある方は遠慮なくご参加下さい。