ご案内:2010年度までのアーカイブHPを表示しています。2011年度以降のHPを表示する▶

戻る

伝統的な町並みの防火性能の確保

 -部位から面的防火システムへ-

神戸大学 都市安全研究センター 北後明彦


1.はじめに

 伝統的な町並みを残したい、再生したい場合、困るのはその防災対策、防火性能の確保である。元々、伝統的な町並みでは、過去の幾度かの災害にあった経験から、町並みとしての防火性能を高める工夫が積み重ねられてきたからこそ、今日まで、その伝統的な町並みが残ってきたといえる(別項「歴史的防災・防火技術と景観」参照)。それなのに、「困る」というのは、伝統を無視した一律的な防火規制によって、伝統的な木造の仕様が排除されてきたため、合法的な再生や、伝統的な木造の新築ができないのである。

 町並みの防火性能を確保するための法律として、都市計画法で防火地域・準防火地域が決められ、これらは「市街地における火災の危険を防除するため定める地域とする。」とされているが、実際のコントロールは、個々の建築物の状態を規定する建築基準法にゆだねられ、建築物の各部位に防火性能が求められている。
 
 以下では、このような制度的な枠組みの内側の動きとして「性能規定化」があり、その中で伝統的な木造の再生を一定程度はかる可能性が出てきたこと、しかし、それでは限定的で、歴史的な防火性能を高める工夫を生かした伝統的な町並みの面的な防火システムを全体として評価する方法を構築する必要があることを示し、そのための基礎的な調査結果を報告する。

2.「性能規定化」による伝統的木造の再生の可能性

 建築基準法が改正されて「仕様規定から性能規定への移行」が最近(2000年6月施行)になってはかられた。以下では、「性能規定化」が伝統的木造の再生にどのような意味を持っているか考察する。

2.1 木造関係の改正内容

 伝統的木造の再生にかかわる建築基準法の規定では、準防火地域での木造の建築物の外壁及び軒裏で延焼のおそれのある部分に防火構造を用いること(建築基準法第62条)や外壁の開口部で延焼のおそれのある部分に防火戸その他の政令で定める防火設備を設けること(同第64条)等とされているが、これらは従来と変わっていない。すなわち、隣棟の木造建築物の単体火災(周囲の通常の火災)からの類焼を抑止するという考え方を基本的に踏襲(ただし屋根は別)しており、伝統的木造の町並み全体しての防火性能を評価するような性能規定化がはかられたとはいえない。

 とはいえ、この枠内であっても従来よりも性能的な考え方を導入した規定となり、個別の部位の性能を確認することによって、伝統的木造にふさわしい構法を選択する道がこれまでよりも広くなったといえる。具体的には、これまでは防火構造や防火設備について例示仕様が中心で、それと同等の性能であることが確認されれば認定するとしていた規定を改め、性能に関する技術的基準を定めることによって、火災外力と判断基準が示され、どのような要求をしているのかのルールが明確化されており、防火構造や防火設備が適用される部位だけに着目した場合、「性能規定化」がなされたと見ることができる。ただし、これが市街地における火災の危険を防除するためにどの程度の意味をもつかについて明確に示されているわけではない。

2.2 「性能規定化」された防火構造

 ここでは、上記したように部位に限定した意味での「性能規定化」についてみていく。今回の法改正によって、防火構造の定義が「建築物の外壁又は軒裏の構造のうち、防火性能(建築物の周囲において発生する通常の火災による延焼を抑制するために当該外壁又は軒裏に必要とされる性能をいう。)に関して政令で定める技術的基準に適合する鉄網モルタル塗、しつくい塗その他の構造で、国土交通大臣が定めた構造方法を用いるもの又は国土交通大臣の認定を受けたものをいう。」(建築基準法第2条第八号)と変更された。これを受けて、政令において、防火構造についての「防火性能」の技術的基準を「外壁及び軒裏にあっては、これらに建築物の周囲において発生する通常の火災による火熱が加えられた場合に、加熱開始後三十分間当該加熱面以外の面(屋内に面するものに限る。)の温度が可燃物燃焼温度以上に上昇しないものであること。」つまり、通常の火災時の加熱に30分以上耐えることが確かめられることを規定するとともに、従来政令において定められていた防火構造の構造方法については、法第2条第八号の規定に基づき国土交通大臣が定めた構造方法として告示において規定するとともに、その他の構造方法については国土交通大臣の認定を受けることとなった。従来から、認定のしくみはあったわけではあるが、想定すべき火災外力や延焼遮断のための判断基準が明確に示されることによって透明性が確保され、試験法についても一般的な耐火性能や準耐火性能と同じ加熱試験により性能を確かめることが可能となり、試験に要する費用の問題を別にすれば、容易に試験を受けることができるようになったといえる。また、従来の防火構造は屋外側の被覆の性能によってのみ規定していたのであるが、周囲の火災に対する延焼抑制の効果を規定するためには屋内側の被覆も含めた壁体全体としての性能により規定することがより合理的であることから、壁全体としての性能により防火性能が規定されることになったので、構法の選択の余地が広がったといえる。例えば、別項「景観形成型防火デザインの発掘と開発」で示したような「土塗壁とその表面の板壁仕上」や「金属板、防火塗料その他新しい素材による外壁デザイン」などについて見ていくと、ディテールの工夫などを行えば試験によって性能を確認できる可能性があり、認定される道が開けたといえる。

2.3 「性能規定化」された防火設備

 準防火地域内の木造の建築物は、建築基準法第64条で、外壁の開口部で延焼のおそれのある部分に政令で定める構造の防火戸その他の防火設備を設けなければならないこととされているが、今回の法改正に伴う「性能規定化」により、この防火設備に関しても、「防火戸その他の政令で定める防火設備(その構造が準遮炎性能(建築物の周囲において発生する通常の火災時における火炎を有効に遮るために防火設備に必要とされる性能をいう。)に関して政令で定める技術的基準に適合するもので、国土交通大臣が定めた構造方法を用いるもの又は国土交通大臣の認定を受けたものに限る。)を設けなければならない。」(建築基準法第64条)とされ、政令の技術的基準において、防火構造の場合と同じく、想定すべき火災外力や延焼遮断のための判断基準が明確に示している。具体的には、「火炎を有効に遮る(準遮炎性能)」についての要求内容として、政令において「防火設備に建築物の周囲において発生する通常の火災による火熱が加えられた場合に、加熱開始後二十分間当該加熱面以外の面(屋内に面するものに限る。)に火炎を出さないものであることとする。」と規定されている。

 防火設備の内容については、これまでは原則として仕様規定で「甲種防火戸」「乙種防火戸」「開口部に設けるドレンチャー」の三種類に限定されていたのであるが、今回の改正によって「防火戸、ドレンチャーその他の政令で定める防火設備」となって、前述の要求内容を満足すれば、どのような構造の設備であってもよいことになった。例えば、別項「散水式水幕装置の開発」で示したような「橋弁慶山町会所表家」の散水式水幕装置について見ていくと、上に示した技術的基準以外に要求されることはなく、また、政令で定める技術的基準に適合していることを検証するための試験方法も法令では特に規定されておらず、評価機関が独自に定め、国土交通省がそれを適切な方法と認めればよいので、軒裏部分などを開口部の範囲に含めるなどの柔軟な運用がなされることを期待すれば、防火設備として認定される道が開けたといえる。

3.面的防火システムの性能評価

 筆者が所属する都市防災技術WGでは、飛騨高山や美濃市など、伝統的な町並みで防火的な配慮がなされる特徴的な地域を訪れた。飛騨高山では、伝建地区に指定されるに際して、豊富な水を生かした消火システムを土台としつつ、背割に蔵を配置して延焼防止をはかるといった防災計画を策定している。一方、美濃市の「うだつ」が上がる町並みでは、地形的に水が得にくい場所にあるので、享保年間(1700年代前半)の大火災で町が焼け尽くされた以降、防火を第一に考えて「うだつ」を上げ類焼をふせぎ、塗り込め式の壁を要所に配置するといった工夫を行っている。

 このような防火性能を高める工夫を生かした伝統的な町並みの面的な防火システムを、伝建地区だけではなくより一般的に導入するためには、都市計画法で防火地域・準防火地域を定め、建築基準法で個々の建築物をコントロールすることによって市街地における火災の危険を防除しようとする現行システムを改正し、例えば都市計画法において面的防火地域を定めて、個々の建築物のコントロールだけではなく、街区における建築物の配置や消火システムなど、地域の特徴に応じた防火システムを評価の中に取り込むとか、地域の特徴を反映するという観点から防火地域・準防火地域の指定をせず、自治体の条例によって防火性能を確保することが考えられる。何れにしても、変更後の面的防火システムによって市街地における火災の危険性が十分に防除されうると市民に説明した上で、制度を変えていく必要がある。その意味で、面的な防火システムの性能評価法を確立する必要がある。この性能評価法の骨格となるものは、伝統的町家地区に適した延焼予測モデルである。現在、国土交通省の「防災まちづくり総プロ」で延焼ミクロモデルが開発されつつある状況であるが、これを発展させる必要がある。

4.防火からみた伝統的町家地区の実態調査

4.1 はじめに

 市街地や伝統的防災技法による防火性能を、科学的、性能的に評価するためには、地域により異なる市街地構造が評価結果に反映できる市街地延焼予測モデルを開発する必要がある。本調査はこのようなモデルを開発するにあたり、市街地構造、特に伝統的な町家が多数残る地域の特徴を、伝統的防災技法を含めた防火的観点から捉えることを目的として実施した。

4.2 調査方法

(1)調査対象地区・家屋の選定
 調査対象として、京都市西陣地区(対象206家屋、東西約140m×南北約300m、面積約4.2haの広域幹線には面さない街区。約6m幅の道路が南北、東西方向とも両端及び内部に合計3本通る。)を選定し、実地調査を実施した。
西陣地区は、京都市における典型的な木造密集市街地であり、伝統的な町家の敷地割に多くの町家が残るが、一方でマンションや木造3階建て住宅が最近建てられつつある。今回の調査では、マンション以外の家屋を対象とした。
(2)アンケート及び実地調査の方法
 事前に家屋居住者に対する調査依頼を兼ねたアンケート票206通を配布。郵送回収した上で、調査員が現地に赴き、家屋居住者の了解が得られた場合は敷地奥まで入り込み、その他の場合は可能な箇所から、開口状況等の調査を撮影及び目視で行った。調査は、2001年2月~3月に実施した。
(3)調査対象数
 調査対象の206家屋のうちアンケート回収数は75、実地調査で開口状況等の調査対象家屋数は113であった。開口状況が把握できた壁面数は合計で363、そのうち道路側の壁面130、道路と反対側の背割線に面する壁面66、間口に直行する側の敷地境界線に面する壁面155、その他の駐車場等に面する壁面12であった。

4.3 調査結果

(1)調査対象の建築物の用途
 調査対象家屋のうち、専用住宅は41(54.7%)と最も多く、店舗併用住宅12(16.0%)工場併用住宅11(14.7%)を加えると住宅系で85.4%となる。残りは店舗7(9.3%)、工場4(5.3%)であった。
(2)調査対象の建築物の敷地面積・建築面積など
 敷地面積(103敷地)の平均は105㎡(標準偏差75)、最小16㎡、最大429㎡であった。また、建築面積(105建築物)の平均は84㎡(標準偏差65)、最小16㎡、最大429㎡であった。敷地内平均建蔽率は約82%になる。
(3)建築物の構造・建築年代
 調査対象の家屋のうち、木造は57棟(83.8%)と大半を占める。そのうち、外壁の種類別に見ると、木造外壁板張り20棟(29.4%)、木造外壁モルタル塗り18棟(26.5%)、木造外壁トタン張り12棟(17.6%)、木造外壁耐火ボード張り7棟(10.3%)であった。また、鉄骨造6棟(8.8%)、RC造2棟(2.9%)、土蔵2棟(2.9%)、ブロック造1棟(1.5%)であった。なお、以上の集計では、少数ではあるが種類をまたがった構造の場合があったが、防火的に弱い側に分類した。
 建築年代が判明したものは、58棟であるが、そのうち、戦前(1945年以前)のものが26棟(44.8%)、1946年~1985年のものが22棟(37.9%)、1986以降は10棟(17.3%)であった。戦前の建築物は、上記の木造外壁板張り20棟(29.4%)、木造外壁トタン張り12棟(17.6%)にほぼ対応していると考えられる。
(4)隣棟間隔
 隣棟間隔を測定した壁面数は94である。そのうち、
・道路側の壁面22での隣棟間隔は、
  平均7.2m(標準偏差3.6)
・道路と反対側の背割線に面する壁面27での隣棟間隔
  平均4.0m(標準偏差5.7)
・間口の横側敷地境界線に面する壁面41での隣棟間隔
  平均0.2m(標準偏差0.8)         
(このうち、隣棟間隔が0mの、隣棟に完全に接している壁面は33(80.5%)であった。)
・その他の駐車場などに面する壁面4での隣棟間隔は平均5.8m(標準偏差3.1)であった。
(5)開口部の状況
 開口部を計測した壁面の数と開口部の有無を、壁面の位置・階別に集計した結果を表1に示す。間口横側では、約80%の壁面で開口部がないのが特徴的である。これは隣等間隔が0mの場合にほぼ相当する。また、背割側は道路側よりもやや開口部のないものが多い。これは奥行きが小さく、敷地面積の小さな建築物の場合、背割側の開口部の無い場合がみられることによる。
 表2には、普通ガラスの開口部と網入りガラスなどの防火戸の入った開口部別に見た開口部の面積を壁面の位置・階別に示す。また、表3には同様に、普通ガラスの開口部と網入りガラスなどの防火戸の入った開口部別に見た開口率を壁面の位置・階別に示す。開口率は、道路側、背割側(やや道路側より小)は約20%~約40%、横側は約2%である。また、下の階ほど開口率が高い傾向がある。

4.4 おわりに

 調査結果を概観すると、伝統的な町並みで行われてきた防火技法、即ち、隣棟への延焼を防ぐために開口を設けず、背割側には隣棟間隔をとるか土蔵等を配置する、道路側では上階にむしこ窓を設ける等について、隣棟間隔、開口率などに反映されているといえる。なお、今回の調査では敷地奥の土蔵等の付属建物は、十分に調査が行われなかった点に留意する必要がある。



表1 壁面の位置・階別にみた開口部の有無別壁面数(比率)

道路側 背割側 横側 その他
3階 開口あり 23(92.0%) 8(66.7%) 9(25.0%) 2(100.0%)
開口なし 2(8.0%) 4(33.3%) 27(75.0%) 0(0.0%)
25 12 36 2
2階 開口あり 109(98.2%) 38(76.0%) 28(20.1%) 8(64.5%)
開口なし 2(1.8%) 12(24.0%) 111(79.9%) 5(38.5%)
111 50 139 13
1階 開口あり 119(97.5%) 51(78.5%) 20(12.9%) 9(69.2%)
開口なし 3(2.5%) 14(21.5%) 135(87.1%) 4(30.8%)
122 65 155 13




表2 壁面の位置・開口部の種類・階別にみた開口部の平均面積

(カッコ内は標準偏差) 単位は㎡

. 道路側 背割側 横側 その他
3階 普通ガラス 2.89(2.36) 1.42(1.66) 0.38(0.87) 4.00(0.00)
防火戸 0.92(2.86) 0.92(2.39) 0.55(1.72) 0.00(0.00)
3.81 2.34 0.93 4
2階 普通ガラス 3.75(2.62) 2.47(2.26) 0.44(2.36) 2.15(2.86)
防火戸 0.52(1.84) 0.33(1.29) 0.26(2.86) 0.31(1.11)
4.27 2.8 0.7 2.46
1階 普通ガラス 5.66(0.89) 4.17(3.38) 0.39(1.36) 2.08(2.50)
防火戸 0.89(2.86) 0.16(0.74) 0.11(1.00) 0.31(1.11)
6.55 4.33 0.5 2.39




表3 壁面の位置・開口部の種類・階別にみた開口部の平均開口率
(カッコ内は標準偏差)単位は%

. 道路側 背割側 横側 その他
3階 普通ガラス 18.3(13.5) 11.5(13.2) 1.4(3.3) 15.1(0.0)
防火戸 4.4(14.7) 6.1(19.2) 1.1(3.9) 0.0(0.0)
22.7 17.6 2.5 15.1
2階 普通ガラス 23.0(14.5) 16.6(15.4) 1.6(5.3) 10.5(15.1)
防火戸 2.4(8.4) 2.1(9.8) 0.4(2.0) 1.3(4.9)
25.4 18.7 2 11.8
1階 普通ガラス 34.5(21.3) 29.0(24.5) 1.6(7.3) 11.2(16.8)
防火戸 4.4(11.8) 0.8(4.5) 0.2(1.6) 0.9(3.1)
38.9 29.8 1.8 12.1

この文章は、日本建築学会京都景観特別委員会の報告書に掲載されたものです。




ご案内:2010年度までのアーカイブHPを表示しています。2011年度以降のHPを表示する▶